全国対応34年のキャリア公平中立な第三者機関『日本交通事故鑑定人協会』

事例集<警察編>

死んだ息子の真実が知りたい…でも警察は何も教えてくれない

「買い物に行って来い」と送り出した息子は、バイク事故で帰らぬ人に…

あの日、父子家庭の息子は、友人二人と一緒に、張り切ってバイクに乗って出かけて行ったのです。

久しぶりに父から、家で一緒に食事をしようと言われた息子は、とても喜び、うれしそうでした。

 

父は「食事には、お前の友達も呼んで一緒に食べよう」と言いました。

息子は友人二人を連れて、それぞれがバイクを運転し、3台のバイクが縦に連なる形で、食品の買い出しに行きました。

 

食品店近くまで来て、先頭を走る息子のバイクが、交差点で右折をするところでした。

すると、信号無視の対向車が時速60kmで直進してきて、交差点内に突っ込んできました。

そして、息子のバイクに衝突し、バイクは、はね飛ばされ、吹っ飛んだのでした。

後方から追いかけるように走っていた友人二人は、ショックと恐怖の中、救急車を呼び、周囲の交通規制にあたるなど対処しました。

 

息子は病院に運ばれ治療が行われましたが、一度も意識が戻ることなく、10日後、亡くなりました。

父は、自分が息子に買い出しを頼んだことを、大変悔やみました。

 

 

事故直後から、警察は父に対して、特に重要な説明もなく、父にとって『息子はどんな事故に遭ったのか』わからないままでした。警察は、事故の詳細について、何も教えてくれませんでした。

 

一方、加害者は、父に一度連絡をしてきただけでした。

そして、当時入院中だった息子の病院にも、一度も来ることはありませんでした。

 

父は、変わり果てた姿の、意識の戻らぬ息子の側に、ずっといたのでした。

 

「本当のことを知りたい」

「どういう事故だったのか」

「息子はどうして死んだのか」

 

父は、辛いことだが、本当のことを知っておこうと思いました。

父は真実を知るべく、交通事故の鑑定を依頼することにしました。

 

そして、当協会の調査が始まりました。

 

鑑定士に対して話をする父は、元気がなく、とても憔悴していました。

父は、離婚して、息子を引き取ったのだと、調査員に言いました。父一人息子一人の生活の中で、あまりかまってやれなかった息子を不憫に思った父は、あの日「たまには焼き肉でもするか」と、息子に声をかけたのでした。


思いがけない父の誘いに息子は喜び、友人を呼んで、食材の買い出しに、バイクで出かけたでした。

 

父は「私が買い出しに行って来いと言ったばかりに…」と小さな声で言いました。

息子が事故で死んだのは、自分に責任があるのだと悔いていました。

 

鑑定士は、父と一緒に警察署に行くことになりました。

警察署に保管してある事故車両を見るためでした。」鑑定士は「警察署には私一人で行くから」と申し出ましたが、父は「私も一緒に見に行く」と言いました。

 

息子のバイクを見るのがどれほど辛いか…… 

そう思うと、鑑定士は気が重くなりましたが、父と鑑定士と二人で、無言のまま、警察署に向かいました。

 

警察の対応は、愛想もなく、とても事務的な対応でした。

息子のバイクを見るだけの手続に、父と鑑定士は、かなりの時間待たされました。

警察は「事故車両を見たい」と言う二人を、警戒している様子でした。

 

随分待たされて警察から告げられたことは「息子さんのバイクだけね、加害者の車両はダメ、見せられない」

 

息子のバイクが保管されている場所に案内されました。

 

あたりには、他の事故車両も何台かあって、それらは全てブルーシートで覆われて見えないようにしてありました。

これらの事故車両のなかに、加害車両もあるはずだが、とにかく何も見えないようにしてありました。

見えるようにしてあったのは、息子の変形したバイクだけでした。


警察官数人が立ち会い、「触るな」と厳しく監視される中、鑑定士はバイクを見ることになりました。

わずか数分しか見ることができませんでした。

 

父は横でずっと佇んでいました。

 

鑑定士と父は警察署を出て、次に事故現場へ向かいました。

国道の大きな交差点でで、交通量は、かなり多い場所です。


鑑定士は、事故現場の調査を行いました。

父は「そろそろ息子のいる病院に行く時間だから」と、ここで別れることになりました。

鑑定士は一人で、大きな交差点をあちこち移動しながらも、調査を続けました。

 

ふと、たまに周囲を見ると、別の場所から、父が事故現場をじっと眺めている姿が見えました。

なかなか、事故現場から立ち去ろうとしない父の姿に、鑑定士は胸が締め付けられました。

 

事故現場の調査がやっと終了し、鑑定士が帰ろうとしたら、今度は歩道橋から事故現場を見下ろす父の姿がまだありました。

鑑定士は、帰れませんでした。

鑑定士は、父が現場を後にするまで、その場に残りました。

 

数日後「息子が亡くなりました」と、父から連絡がありました。


後日、鑑定士は、息子の友人二人から事情を聞くことにしました。

父が、息子の友人二人を連れて来てくれました。

父は友人二人に「何でも覚えていることを話してほしい」と頼みました。

 

友人二人は、ショックが大きく、あまり記憶も残っていませんでした。

ただ、こちらの信号は青だったため、相手車(加害車両)が信号無視をしてきたのだと言いました。

結構なスピードを出して走ってきたと、友人の二人は言う。

衝突の大きな音が鳴ったとも言いました。

 

他に、友人の一人が、息子が衝撃で大きく宙に飛ばされたのを見たと、言葉少なに言いました。

 

父は横で黙って聞いていました。

 

友人二人が帰った後、父は「息子にも落ち度があった、悪かったのだと思っている」と言いました。

改造したバイクに乗っていた息子は、警察の心証も悪かったに違いないだろう。

そのため、暴走族のような運転をしていたと思われても、仕方がないということだろう。

 

息子が事故で死んだということ意外、何も事実を知らない父が、哀れでした。

父は悩み、挙げ句の果てに、被害者である息子にも悪いところがあったのだろうと思わせてしまう警察の怠慢ぶりに、鑑定士は怒りが込み上げてきました。

 

鑑定士の調査の結果、わかったことは、

  1. 警察署にあったバイクの前輪の歪みから、加害車両の速度は時速60km以上の速度であり、バイクを運転する息子は、時速30kmで右折をしていたこと
  2. バイクの後輪の軸の傾きから、右折中にバイクの動きが急に止められ、バイクの左側に向かって大きな力が作用したこと
  3. バイクのタンクやナンバープレートが、右側から大きな力がかかって破損していることから、加害車両にはじき飛ばされたバイクが、交差点で右折待ちをしていた他の車にも激突していること
  4. 衝突した瞬間、息子は運転するバイクから体が離れて、ほぼ真上に跳ね上がったこと
  5. 事故地点から約10mほど離れた地点に、息子は頭と肩から落下したこと
  6. 事故時の目撃者からの証言と同様、事故現場には、加害車両のブレーキ痕は見当たらなかったこと

などでした。

 

息子の運転に、道路交通法上の違反は、何もありませんでした。

調査・鑑定により、激しい事故の態様が判明しました。

事故の瞬間の事実を知った父の苦しさは、より強くなってしまったことでしょう。

 

ただ、『警察は何も教えてくれない』から、何もわからなかった父にとっては、どうしても知りたかった事実なのでした。

警察の対応から『事故は、息子にも非があったから…』と父が思っていたことも、調査員はずっと気になっていました。

しかし、息子は、悪くなかったのです。

 

元気だった息子を、急に失った父の悲しい姿は、今でも鑑定士の心に焼き付いていて、思い出すたびに、鑑定士自身も胸が締め付けられ、寂しく虚しい気持ちにさせられてしまいます。

 

交通事故とは、想像を絶するほどの、恐ろしさと悲しみをもたらすものなのです。

 

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